イラストレーターを目指したきっかけを教えてください。

小学生の頃、図工の先生から絵を褒められて、それですっかりその気になったという、ありがちな体験が最初のきっかけですね(笑)。
本格的に絵を描いて仕事にしようと思ったのは高校2年の時です。漠然と絵を描く仕事に就きたいと思っていたところ、たまたま絵描きの人を紹介してもらう機会がありその人のアトリエに行ったのが絵の方向に進むと決めるターニングポイントになりました。
その人はまだ20代半ばの絵描きの卵でしたが絵の魅了、絵を描く喜びを熱く語ってくれたり、カッコよかったんです。

絵に対する憧れの気持ちとその人に対する憧れの気持ちがリンクして絵を本格的に描いて仕事にしたいという気持ちになりました。
どうすればそれができるか当時、広島在住の高校二年生17歳の自分には詳しくは分かって無かったけど、美術大学というものがあると知り東京の美大を目指すことにしました。

高校の同級生に美大を目指していたのが二人いたので一緒に美術研究所で絵の勉強を始めました。
彼らがいたことで、お互いに青臭い競争心全開で切磋琢磨。それぞれの評価をやたら気にしたり、絵の枚数、制作時間。読んだ本、観た映画の数とか競っていました。かなりポイントはズレていたけど阿呆な情熱だけは溢れていた時期でしたね。
その後、武蔵野美術大学に入り油彩画を専攻しました。

絵を学んでいく中で、影響を受けた画家はいますか?

たくさんいますよ。それぞれの時期に影響を受けたのは。

<高校時代>つげ義春 <美術研究所時代>佐伯祐三、青木繁、セザンヌ、ボナール、ピカソ
<大学時代>デュシャン、フランク・ステラ、若冲、エゴン・シーレ
<その後>宮崎駿、松本大洋、大友克洋、メビウス(ジャン・ジロー)、川瀬巴水、吉田博

今でも見るたびに心がザワザワするのはつげ義春の作品ですね。ずっと好きです。画家ではないですが(笑)。
思春期に受けた影響に生涯支配されるということですかね。

大学を出てから、
すぐにイラストレーターとして活動を始めましたか?

いいえ。大学を出てからは、建築造形美術の会社に入りました。当時としても珍しい師弟関係強要、丁稚奉公スタイルで給料もちゃんと貰えず大変でした。朝から夕方まで現場仕事、夜は遅くまでデザイン作業。
今思い返すと超~ブラック企業ではありましたがおかげで多少忍耐強くなったり建築図面が読めるようになったり現在の俯瞰図の制作にも役立っている部分もあるので、ま、いい経験だったと思います。

美大では油絵、会社では建築造形美術。
そこから、なぜ俯瞰図を柱としたイラストレーターになったのですか?

これも子どもの頃の話になりますが、図鑑の巻頭などに俯瞰図があって、それを縁側で眺めながらその空間に入って夢想するのが大好きだった記憶があります。

よくあったタイプのそれは、日本のどこかのような俯瞰図で、一つの画面の中に春夏秋冬、未来感あふれる大都会のすぐ隣にのどかな田園風景があったり海のそばに険しい雪山。湖があって沼があって川があって、季節、空間、時間、乗り物、動物あらゆるものが混在てんこ盛りしているヘンテコな状況がびっしりと描いてあるものでした。
ずっと眺めていても飽きない要素の楽しさと後述する俯瞰図が持っている大らかな魅力を、子どもながら感じていたように思います。

さらに俯瞰図の魅力を教えてください。

俯瞰視点というものは基本的に「呑気」だと思います。チャップリンの言葉に「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」というものがあるのですが、これを俯瞰図を描くときにいつも思い返しますね。

近頃はコロナ禍の社会ストレスからか、重箱の隅つつき、難癖、粗探しが溢れていて、その不寛容さに息苦しさを感じることも多いのではないでしょうか。俯瞰視点の大らかさ、呑気さをもって物事を眺めるのが今、大切になっていると思いますね。
俯瞰で不寛容を吹っ飛ばせ!!ですね。はい。

それと俯瞰図は斜め上からの視点ですから平面のマップよりも情報が多くて、状況や空気感をより表現できるんですね。
俯瞰図空間を立体的に散策するような楽しみもあるので、それも味わってほしいですね。

今までの仕事の中で
もっとも転機になったと思う仕事はなんですか?

Expo2005「愛・地球博」の公式会場俯瞰図です。

それに至った経緯ですが、2000年に行われたインターネット博覧会という国、主導イベントがあって、インターネットの認知度を上げるため各自治体がネット上でパビリオンとしてサイトをつくるというような企画でした。

静岡県サイトのためのイラストの依頼を受けました。
膨大な点数の絵を描きましたが、その中で富士山、伊豆半島、駿河湾の成り立ちの俯瞰図も多く描きました。
その実績を見て「愛・地球博」の公式会場イメージ図の依頼をした(2003年の春)のだと担当の人から聞きました。

「愛・地球博」のメインテーマが「自然の叡智」ということもあって3D表現ではなく手描き感があるイラストを描く人ということで依頼してくれたようです。

会場はまだほとんど何も建っておらず、これから建設していくパビリオンの図面、資料が毎日メールで送られてきました。
パビリオン完成時の佇まいを所定の位置に描いていきます。膨大な量の作業でした。
当時のパソコンのスペックでは、レイヤーを大量につくって作業をしているとフリーズが多発して大変だったのを覚えています。

最近(2021年)の仕事では、WOWOWテニスワールドのウィンブルドンやUSオープンの会場図も担当しました。

ウィンブルドン(2021/06/28~07/11)・
USオープン(2021/08/24~09/12)の会場図の
制作の様子を教えてください。

2021USオープンをメインに説明していきます。こちらは、WOWOWテニスワールドWebサイトのメイン画像として使用されるものです。

最初に画面サイズの指定があります(かなり横長の画面HxW=750x4000px)。
その指定サイズに収めるためにレイアウトラフ画をいくつか描きます。この2021USオープンについては会場施設の配置、横長画面の制約の中で図法を決めるのですが、納まりのよい一点透視図法を採用しました。

資料については、クライアントから提供されるものもありますが、会場施設関連は出来るだけ豊富に揃えます。
まずはラフスケッチとして起こしていきます。以前は図書館に行って関連する書籍を探していましたが、今はネットで衛星写真と現地会場で観光客などが撮った写真も大いに参考になります。それらを総合して構造の理解に役立てています。

ラフが固まってきたら、ペン画の作業に入っていきます。今回は移動、修正に柔軟に対応できるようにということで線描作業から全てデジタルで制作しました(全てアナログで制作することもあります)。iPad Pro +Apple Pencilを使用して描いていきます。
以前は板タブや液タブを使っていたこともあるのですが、ペンのクオリティに関してApple Pencilがよりアナログに近い線が表現できるので気に入って使っています。

デジタル制作においてもフリーハンドで描いていくのでパスやラインといったツール類を使った時の倍以上の時間がかかります。
フリーハンドならではの線の自然なゆらぎを持たせ柔らかな印象に仕上げるためにコツコツと描いていきます。
線画ができたら、徐々に着色や人物・車などの細かい部分を描いていく作業を進めていきます。最終的な仕上げはMac+Photoshopで行います。地形、道路、樹木などは要素を省いたり単純化などの調整を行います。人物、車は実際のスケールで描くと、細か過ぎてそれらとして認識しづらくなるので、少し大きめに描く調整もします。

ウィンブルドンに関しては周辺が緑豊かでもあり、コートも芝コート、メイン会場のセンターコートもツタの生茂る壁面と全体に植物のグリーン感が強く、さらにテニスの聖地感を感じさせるような落ち着いたグリーンベースの彩色を行いました。

USオープンについてはニューヨークらしさを出すために、比較的ビビットな色味を入れたり、クルマの量、道路の整備された様子など描き込み、会場の環境や雰囲気を伝えるための工夫をしました。

イラストを描く上で一番大事にしている部分はどこですか?

線と構図ですね。アナログ、デジタルどちらにおいても柔らかなゆらぎを持った線の表現を何より大切にしています。
特に連載挿絵に関してはダイナミックものになるよう俯瞰、仰瞰、クローズアップなど様々な視点で描くようにしています。

パースペクティブについては比較的図法に沿った描き方をしていますが、透視図法はキッチリやりすぎると硬い絵になりがち。
イラストによっては、パースをあえて崩したりすることで物語の印象を際立たせたりすることもあります。

仕事のマインドとしては「依頼される側の予想するクオリティを常に上方向に裏切りたい!」というのを考えています。
あとは、締め切りを守るっていうのは絶対ですね(笑)。